【撤退の判断】風速20mの富士山で、私が下山を決めた本当の理由


【撤退の判断】風速20mの富士山で、私が下山を決めた本当の理由

みなさんこんにちは、旅する大家のヨネヤです。

▼ 8合目手前、突如吹き荒れた風速20mの突風

先日、富士登山に行ってきました。

天候を見極めながら順調に登っていたのですが、8合目の手前付近に差し掛かった頃、山の天候が急変しました。

風速は20m近くに達し、立っているのもやっとの状態に。体が吹き飛ばされそうになる突風が吹き荒れ、実際、すぐ隣を歩いていた登山者が風にあおられて転倒する場面を目の当たりにしました。

落石の危険も頭をよぎる、非常に厳しい状況でした。

■ 「みんなが行くから」に流されそうになった瞬間

そんな危険な状況でも、周りを見渡すと、山頂を目指して足を止めずにどんどん登っていく人たちが大勢いました。

「みんな登れているんだから、自分も大丈夫だろう」

周りの背中を見ているうちに、私自身もそう思って足を前に進めようとしていました。

しかし、8合目の山小屋の前で立ち止まり、改めて考え直したのです。

正直に言うと、あのまま登っていても、無事に山頂まで行けていた可能性の方が高いと思います。実際、多くの人はそのまま登っていきました。

ただ、もし落石が直撃していたら、大きな怪我や、もっと重大な事態になっていたかもしれません。

周りに釣られて登ろうとした瞬間、ふと気づいたのです。
「これ、自分の判断じゃなくて、『みんなが行くから』で決めようとしているな」と。

そこで私は、下山することを決めました。

■ 大事なのは、「安全かどうか」より「誰が決めたか」

こう書くと、「安全第一だったんですね」と思われるかもしれませんが、少し違います。

僕が今回大事にしたのは、「命を守ること」そのものよりも、「自分の意志で判断すること」でした。

周りが登っているから登る。周りが止めているから止める。どちらも、判断の主導権を自分以外の何かに預けているという点では同じです。

大家業でも、似たような場面はよくあります。

「みんなが物件を買っているから、自分も買っておこう」
「周りが値上げしているから、うちも値上げしよう」
「みんなが使っている管理会社だから、とりあえずそこに任せよう」

結果的に同じ選択になったとしても、「自分で考えて決めたか」「流されて決めたか」の差は、後々大きく効いてきます。

■ 仲間として(Q&Aコーナー)

ここで、よくある質問に答えます。

Q:「でも、結果的に何も起きなければ、それでいいんじゃないですか?」

A:結果だけ見ればそうかもしれません。でも、「たまたま何も起きなかった」のか「自分で危険を判断して避けた」のかは、まったく別の話です。

次に同じような場面に出くわしたとき、自分の判断基準を持っている人と、周りに流された人とでは、判断のスピードも精度もまったく変わってきます。

■ 結びの言葉

風速20mの中、隣で人が転倒するのを見ながら、それでも周りに釣られて登り続けている人たちがたくさんいました。

その景色を見て、改めて思いました。「みんなが行くから」は、判断の理由にはならない、と。

経営の主導権も、決して他人の空気に預けないようにしましょう。

それでは、また次回お会いしましょう。
ヨネヤ



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